言語学者・投野教授(東京外国語大学) × パタプライングリッシュ開発者・松尾先生の対談
記事作成日:2021年9月3日
コーパス言語学の第一人者として著名な言語学者である東京外国語大学大学院教授の投野由紀夫氏に、日本人がなぜスピーキングを苦手とするか、スピーキング力を身につける最適な学習法について、パタプライングリッシュ開発者の松尾先生と対談をして頂きました。
東京外国語大学大学院教授。ワールド・ランゲージ・センター長。英国ランカスター大学でPh.D.(コーパス言語学)を取得。コーパス言語学を専門として、英語教育の分野、語彙習得プロセスや言語習得モデルとの関連を研究。NHKの「100語でスタート!英会話」(2003-2005年度)、「コーパス100!で英会話」(2009年度)、NHKラジオの「基礎英語3」(2016~2020年度)で講師を歴任。ヨーロッパで考案された外国語の習得状況を評価する国際標準「CEFR」を日本向けにアレンジした「CEFR-J」の構築プロジェクトを牽引。
なぜ日本人はスピーキングが苦手なのか
松尾先生:日本人がスピーキングが苦手という意見に対して、どう思われますか?
投野教授:言葉は「受容技能(receptive skills)」と「産出技能(productive skills)」に分かれて、スピーキングは産出する方の能力になります。受容(reception)が先で、言葉を身につける時にはインプットをたくさん受けることが必要です。その中から段々と産出(production)に転換していくことが起きます。
一般的にネイティブスピーカーでも、産出として使う単語の最低5〜6倍は認識語彙として持っています。受容が先で、受容の語彙の一部が産出に転換する。使ってる語彙をみるとリーディングよりもスピーキングの方が少ないのは、ネイティブスピーカーでも同じです。つまり、スピーキング語彙の方がリーディングよりも少し落ちるのは、言語として自然です。
ただ第二言語の学習者の場合は、受容と産出にネイティブスピーカーのように差が大きくありません。初級の頃は、産出できる力の2〜3倍の語彙を認識語彙として持っています。
日本人の場合、今まで色々な調査がされています。例えば、中高生の全国調査で語彙数で3000語程度を習っている高校生でも、スピーキング力を測ると600〜700語程度の単語しか使えていないことが分かっています。
CEFRのレベルでいうとB1の中級程度であっても、実際のスピーキング力はA1の初級レベルくらいしか出てこないのが、一般的な傾向です。中高生の調査でこの結果なので、卒業後に英語を全く使ってないビジネスパーソンの場合、もっとスピーキング力が落ちていると想像できます。
※編集部注釈:
CEFR(セファール)とは「”Common European Framework of Reference for Languages」の略で「ヨーロッパ言語共通参照枠」の意味です。ヨーロッパで作られ、現在は外国語の学習者がどのレベルまで習得しているかを判定する際の国際的なガイドラインとして、広く用いられています。A1(学習を始めたばかりの者・初学者)〜C2(母語話者と遜色のない熟練者)の6段階でレベルが分けられます。
チャンクで英語を覚えないと自然なフレーズを作れない
松尾先生:投野教授もチャンクやフレーズを連ねて話させる、そのためにパターンプラクティスを行うアプローチを実践された経験があると思います。応用力を伸ばすために、どのような指導をされていたのかお話を伺いたいです。
元大手英会話スクールの教務主任、教材開発。在米32年。英検1級、TOEIC985点。2003年にTranstream LLC 設立。27,000人以上が愛用する「モゴモゴバスター」や「パタプライングリッシュ for Business」など英語教材を開発。
投野教授:チャンクを非常に重要だと思ったのは、一つ一つの単語を覚えておいても、フレーズを作ろうと思った時にうまく行かない時が多いからです。
例えば、決心するという意味で「decide」という単語を覚えているとします。「重要な決定をする」と言う時は decide が使えない。「make an important decision」という言い方をします。これは「make a decision」というチャンクを知っておかないと出てきません。
単語で覚えていると decision を知っていても、「する」という部分は do や take じゃダメなのかと考えてしまう。けれど、ネイティブスピーカーは「make a decision」の表現を好みます。これはコロケーションと言って、どうしてか分からないけど、そう表現することが自然となっています。
チャンクを覚えるメリットの一つは、このように make a decision など自然なネイティブスピーカーらしいフレーズを使いこなせることです。decision の単語の意味を知っていることはもちろんですが、スピーキングとしては make と一緒に覚えておくと良いのです。
パタプライングリッシュでも、注文するという「place an order」のフレーズがありましたが、order は知っていても、place の動詞を使うのは結構難しいですよね。こういった表現はチャンクで覚えないとなかなか出てこないと思います。
チャンクで学習することの効果については、私自身も教材を多く作ってきて、常々重要だと感じています。
パターンプラクティスは、口馴らし、知識として持っているものをパッと出てくるようにする「自動化」の練習として効果があると言われている、古典的な学習方法です。
ただ注意しないといけないのは、慣れてくるとただ聞いたままで繰り返す、機械的なドリルになってしまう点です。そうすると期待する効果を得ることができません。パターンプラクティスは学習者の意識や工夫も重要です。
「自動化」の練習をしないと話せるようにならない
松尾先生:パタプラの利用者で、昇進にTOEICスコアが必要で、勉強して800点は取りましたという人が結構います。TOEICで高得点は取ったのに、それがスピーキングに直結しない方が多くいますが、投野教授は関連しない理由について、どうお考えですか?
投野教授:先ほど言った通り、産出と受容の能力は、言語の能力として違う側面になります。受容の力があってリーディングやリスニングの得点が高くても、スピーキングやライティングはうまくできないという段差があるのが普通です。そして、その段差がとても大きいのが日本人の特長です。
一つは使う機会が少ない。自分で使ったことがない。TOEIC形式の穴埋めや下線にフレーズを入れるような練習方法ではダメなんだということが分からず、問題集ばかりやっている人は産出の力が伸びません。
特にスピーキングの場合は、話す行為はオンラインプロセスなので、その場で出てくるようにトレーニングしないとダメです。
そういう意味で自動化は非常に重要です。自動化にプラスして、形式と意味が瞬時にマッピングして出てくるためにはコンテキスト、何を目的で自分が話そうとしているのかのタスク、自分のタスクに適切な言葉を選んで話すことがスムーズにできるようになることが大事です。
正解を気にせず、たくさん話すこと自体が重要な練習
松尾先生:そのようなビジネスパーソンに対して、何かお勧めの学習法はありますか?
投野教授:最初は語彙やチャンクを仕込む基礎的な段階が必要です。そしてレベルに応じたよく使う語彙をきちっとまず仕込む。仕込むだけでは足りないので、コミュニケーションのメッセージにフォーカスした、話して使ってみる機会をたくさん持たないとダメです。仕込んだものを出す機会、ただそれも機械的に出すのではなく、meaningful(意味のある)なコンテキストで出すことをたくさんやることが大事です。
ビジネスパーソンの場合は、ビジネスコンテキストでディスカッションしたり、話したり、プレゼンしたり、といったことを同時にやっていくと良いと思います。
松尾先生:正解を求めたがる学習者が多いです。言葉や表現なので「これが正解です」というものが必ずしもありません。対面レッスンなら、こうも言えるしそうも言えるとフォローできますが、パタプラのような独学教材の場合、どのようなことができるでしょうか?
投野教授:確かに答えはいくつもある、表現は色々あるみたいなことはありますよね。
過去に習ったものを自分の中で引っ張り出して色々と使ってみる練習という位置付けであれば、正解は気にしないで良いと思います。たくさん話すこと自体が重要な練習になるので、その練習を通じて頭の中で知識が再構成されて、能力として形成されていく、そういう考え方です。
きちんとした正解が知りたい、全部説明してもらえないとダメといったメンタルの人には、それは練習の目的が違うことを説明して、理解してもらった上で取り組むことが大事ですね。
ネイティブスピーカーの何倍も多くの人が英語を使う時代
松尾先生:これからの時代、ビジネスパーソンが英語を身につける必要性についてどう思いますか?
投野教授:必要性は絶大にあると思います。インターネットの時代となり、世界中の言語の分析をすると6割近くは英語の情報です。インターネット上の半分を超える情報は英語で発信されている、そして、それが共通語になっています。複数言語を扱う人も英語は一通りできる人がとても多い。ネイティブスピーカーの何倍も多くの人が英語を使う時代になっています。
日本人が英語を使わないでいると、10年、20年、30年経った時の社会では、必須である言語的な能力が欠けている状態になってしまうと思います。
今後、外国から労働力を入れていくことを政府は考えているので、日本人が外国人人材に対してリーダーシップを取るためには、英語の力が必要になりますよね。これから多言語多文化社会になっていくことを考えても、英語は極めて重要だと思います。
パターンプラクティスは英語を体得できる効果が高い学習法
松尾先生:パタプライングリッシュは、パターンプラクティス×チャンクをかけ合わせた独自メソッドになります。投野教授からみて、当教材のアプローチは有効だと思いますか?
投野教授:たくさん聞いて、たくさん声に出すことは非常に有効です。日本人は口が重いというか、英語がすらすら出てくる前段階で、もっとたくさん音読をしたり、声に出すことを常にやっている方が良いと思います。パッと英語が出てくるように普段から英語モードで声を出すことをしっかり取り組む必要があります。
そういう意味でパターンプラクティスは、基礎的な表現の暗記や暗唱だけでなく、たくさん声に出して英語の感覚を自分で体得していくのに、非常に効果がある方法です。人間が学習する時の habit formation(習慣形成)をベースにした練習方法なので極めて効果が高いと思います。
パターンプラクティスは伝統的な方法なので、我々のような専門家からすると少し古めかしいイメージが付きまといますが、非常に効果があるテクニックです。
教材を拝見したところ、チャンクの部分がビジネスパーソンに役立つフレーズで非常にうまく選べているなと感じました。実際のビジネスパーソンのコンテキストで使うフレーズやチャンクを習えるので、分野に特化した英語として効果はあると思います。
チャンクをベースとしたパターンプラクティスのトレーニングで、こういうネチネチやる学習法は単純ではあるけれど、トレーニングっぽい練習をたくさんやるのが好きな日本人も多いと思うので、とても良い方法だと思いました。
松尾先生:パタプライングリッシュを開発した理由は、使いようによりますがパターンプラクティスが非常に優れた方法であるのに、チャンクをベースにしたビジネス英語の教材が他になかったからです。なぜ存在しないのか不思議だなと思い、じゃあ自分で作ってみようと思ったのが始まりなんです。
スピーキングに悩むビジネスパーソンの皆様が有効に使っていただけたら嬉しいですね。
ネイティブスピーカーの完璧な英語を目指す必要はない
松尾先生:スピーキングに悩む中上級レベルのビジネスパーソンに何かメッセージがあればお願いします。
投野教授:日本人がスピーキングを苦手とする理由は、いろんな人がいる場では聞く側に回るとか、メンタリティー的に自分からどんどん入っていくのが得意ではない、といった面があると思います。若い方はだいぶ変わってきていますが、質問されるまで何も答えない、完璧になるまで話さない、そういうのが日本人の特長だと言われているんですよね。
英語は技能や道具で、使ってみて覚えるものです。理屈だけではダメで、実際に話す、実際に書くという行為を、自分で主体的にやらないとダメなんです。自分で勉強する、自分で英語を使ってみることを、いろんな機会に工夫されると良いと思います。
お金をかけなくてもできることはたくさんあります。英語を使うモードを毎日の中に取り入れてトレーニングする、練習しないと上手くならないですからね。練習を積み重ねるに尽きると思います。
私自身も大学生の頃、毎日いろんなトピックで1日1本エッセイを書くことを自分に課していました。自分が読んだ本、見た新聞のニュースの感想や、どんなニュースだったかを何か決めて、エッセイを書く。次の日に電車に乗りながら大学に行くまでの間に、書いた内容を自分で覚えている限り口で言うんです。そういうのを繰り返し繰り返しやった経験があります。
ビジネスパーソンの場合、仕事で英語が必要となれば使わなきゃいけない状況に追い込まれる訳ですから、ぜひスピーキング関しては頑張っていただきたいと思います。
松尾先生:ネイティブの英語こそが正しいという考え方が日本にあると感じています。でも、何がネイティブかも最近は曖昧ですし、逆に国際舞台ではネイティブの英語が一番分かりにくいと言われたりします。イディオム使ったり、音声変化使ったり、早口で喋ったりするので。
日本人がどこを目指したら良いのか。ネイティブの英語が理想形と考える人がまだ多いですが、仕事で世界中に通用する英語を身につけるために、ネイティブスピーカーの完璧な英語を目指すことにエネルギーを割く必要はないと私は思っています。
投野教授:仰るとおりだと思います。今は、ネイティブスピーカーの何倍も多いノンネイティブの英語が世界中にある状態になりました。我々の分野で「World Englishes」といって English に s を付けて「世界英語」と表現したり、「ELF(English as a Lingua Franca)」などと言います。英語自体が第二言語の外国語として共通言語になっていて、その英語はネイティブの英語ではないという共通認識は出てきています。
※編集部注釈:
English as a Lingua Franca とは「共通の母語を持たない人同士のコミュニケーションに使われる言語」を意味します。
ネイティブスピーカーの英語でなくても全然大丈夫なんだという認識が、今、世界中で出てきています。日本人のビジネスパーソンも、ネイティブスピーカーの完璧な英語を目指すのではなく自分の英語を磨く、そういう立ち位置で良いと思います。
編集後記
投野教授と松尾先生のお二人から話を聞き、日本人の英語習得において非常に共通する考えが多いと感じました。「知っている知識」を「使える技能」に転化するために、知識の自動化が必要であること、そしての知識を自動化する方法として、パターンプラクティスは非常に有効な学習法であることが分かりました。
話せるようになるには、とにかく話す練習をする以外ありません。パタプライングリッシュは、ビジネスパーソンの話す練習に特化したスピーキング教材になりますので、ぜひ一度試して頂けたらと思います。
編集部よりコメント
投野教授はパタプライングリッシュの開発に関与していません。本インタビューに際して、当社より教材内容の一部を事前に共有して確認頂いております。
投野教授はパタプライングリッシュの教材を推薦している訳ではございません。当教材が採用するパターンプラクティスとチャンクのメソッドについて、その有効性について、言語学の専門家としてコメントを頂きました。