第二言語習得研究の記憶システムと効果的な英語学習のやり方

第二言語習得研究の記憶システムと効果的な英語学習のやり方

英語学習において、記憶システムの仕組みを意識して活用したことはありますか?記憶の特性を理解して活かすことは、学習に役立ちます。

なぜなら「学習することは記憶することである」と言っても過言ではないからです。

文法規則や単語の意味を理解し、暗記することは大切ですが、ただ闇雲に取り組んでいても、英語を使いこなす能力はなかなか身につきません。

それぞれの学習方法がどのような種類の記憶に支えられているものなのか、その学習はどのような役割を持つのか、これらを理解して意識的に学習に取り組むことは、英語を「使える技能」として習得するための近道につながります。

パタプライングリッシュでは、人の脳内で言語活動がどのように行われているのかを研究する「第二言語習得研究 (SLA: Second Language Acquisition)」から、効率的な英語学習のやり方について解説します。

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今回は人間の記憶システムと英語学習の関連性についてご紹介します。

記憶の分類

人間の記憶システムの図解

人間の記憶というものは「短期記憶」と「長期記憶」の二種類に分類されます。「数時間、数日で忘れてしまうこと」と「長期間覚えていられること」があるということです。

短期記憶

短期記憶の保持時間は数十秒程度で、一度に記憶できる容量にも限りがあります。例えば電話番号を一時的に、相手から聞いてダイヤルを押すまでの間だけ覚えている、といった場面で使われます。

短期記憶はこのように、何か作業をするにあたっての一時的な記憶で「作業記憶」や「作動記憶」「ワーキングメモリ」とも言われます。

ワーキングメモリとは、脳の「メモ帳」の役割を果たす短期記憶である。感覚刺激として新たに入ってきた情報を一時的に保持し、並行して、長期記憶に保存された情報を検索・参照してくる。そして両方の情報を加工して必要な処理(操作)を行う。この「保持」と「処理」がワーキングメモリの役目である。
詳しい説明は「ワーキングメモリ - 第二言語習得研究の記憶システムと効果的な英語学習のやり方」の記事をご確認ください。

長期記憶

短期記憶のうち、一部のものは即時忘却されずに長期記憶となります。

長期記憶は、数分から一生にわたって保持され、容量にも制限はないとされています。私たちが普段「記憶」として思い浮かべるのは長期記憶でしょう。

単語の意味を理解している、言葉を話す技能がある、という場合が長期記憶の例として挙げられます。

宣言的記憶と非宣言的記憶

長期記憶は、その内容を言葉やイメージで表せる「宣言的記憶(陳述記憶・顕在記憶)」と、言い表すことができない「非宣言的記憶(非陳述記憶・潜在記憶)」に分類されます。

詳しい説明は「宣言的記憶(陳述記憶・顕在記憶)と非宣言的記憶(非陳述記憶・潜在記憶) - 第二言語習得研究の記憶システムと効果的な英語学習のやり方」の記事をご確認ください。

例えば「昨日何を食べたか覚えている」「Apple =りんごだと知っている」のは宣言的記憶です。学校で習ってきた英文法、英単語は宣言的記憶であると言えます。

一方、自転車の乗り方を覚えている、駅まで何も考えずとも行ける、といった身体で覚えていること、無意識による反応は非宣言的記憶です。

宣言的記憶は更に「エピソード記憶」と「意味記憶」に分類され、非宣言的記憶は「手続き記憶」「プライミング」「古典的条件付け」に分類されます。

宣言的記憶(陳述記憶・顕在記憶)非宣言的記憶(非陳述記憶・潜在記憶)
言語化できる記憶。情報の真偽の判断ができる形の認知システム言語化できない記憶。知覚運動技能や認知技能の習得に関わるシステム
例) 昨日の夕食をどこで誰と何を食べたか、りんごが何を意味するかの記憶例) ボールの投げ方、鉛筆の持ち方を学習する際の記憶
更に分類される記憶
エピソード記憶
意味記憶
更に分類される記憶
手続き記憶
・プライミング
・古典的条件付け

プライミングとは、事前に覚えた記憶が後の情報に影響を与える記憶。刺激(プライマー)によって、その後の行動が無意識に影響されることを「プライミング効果」と言い、マーケティングでよく使われる手法。幼少期に経験したであろう10回ゲーム(「ピザ」と10回言った後に肘を指して「ここは?」と聞かれると思わず「ひざ」と答えてしまう)はプライミング効果を利用したもの。私たちが日本語で会話している際、一言一句聞いていなかったとしても瞬時に理解できるのはプライミング記憶のおかげ。

古典的条件付けとは、生物的反応とは無関係な、中性的刺激が、恐怖を引き起こす刺激や、食べ物と一緒に経験することによって、似たような反応が引き起こされること。梅干しのことを考えると実際には食べていないのに唾が出てくるのは古典的条件付けが作用している。イヌにメトロノームの音を聴かせた後にエサを与える作業を繰り返した結果、メトロノームの音を聴いただけで唾液が出てくるようになった、というパブロフの実験が有名である。刺激に応答するため、レスポンデント条件付けとも呼ばれる。

英語学習においては、「意味記憶」「エピソード記憶」「手続き記憶」「ワーキングメモリ」のそれぞれの働きと英語との関わりを知っておく必要があります。

エピソード記憶と意味記憶

人間の記憶システムのエピソード記憶と意味記憶の図解

この2つの記憶は、どちらも長期記憶の中の「宣言的記憶(陳述記憶・顕在記憶)」に分類されています。

エピソード記憶は先述した通り、人の実体験に基づく記憶です。似たような経験をすることはあるかもしれませんが、同一の場所かつ時間に全く同じ経験をすることはまずありません。

すなわち、1回きりの経験で獲得する記憶となります。

いっぽう、意味記憶は事実に基づく記憶のため、学習や経験を繰り返すことで獲得する記憶です。

10歳くらいまではエピソード記憶より意味記憶の方が優位であると言われています。意味を持たないものを学習により記憶するのは意味記憶の働きです。小学生が九九やひらがなの書き方を習得できる理由です。

大人になるにつれ、意味のないものをただ覚えることはできなくなっていきます。理由や内容の意味を理解した上で記憶する方が覚えやすくなるのです。これがエピソード記憶が優位になっている証拠です。

意味記憶とは、周囲の世界に関する知識や言語、概念のような一般的知識に関する記憶で、知的記憶とも言える。記憶の焦点は自分ではなく客観的現実にある。資格テストのために行う英語学習等は、この意味記憶への情報の取り込み作業が中心となると考えてよい。
詳しい説明は「意味記憶 - 第二言語習得研究の記憶システムと効果的な英語学習のやり方」の記事をご確認ください。

エピソード記憶とは、自分に起きた出来事の記憶であり、自伝的な記憶とも言える。記憶の焦点は主観的な自分にある。一度しか起きたことがない出来事であっても、それが強い感情を伴っている場合、エピソード記憶に取り込まれて、なかなか忘れることがない。
詳しい説明は「エピソード記憶 - 第二言語習得研究の記憶システムと効果的な英語学習のやり方」の記事をご確認ください。

英語を"使いこなす"にはワーキングメモリの働きが重要

人間の記憶システムと作業記憶(ワーキングメモリ)の図解

ワーキングメモリは脳のメモ帳です。情報を「保持」し「検索・参照」を行い、「処理」する働きを持っています。

ワーキングメモリの容量には限りがあるため、全ての作業を一気に行おうとすると、容量がパンクしてしまいます。

そのため、いかにワーキングメモリに負担をかけず容量に余裕を持たせるか、が英語を使いこなすための重要なポイントです。

宣言的記憶に入っている情報(知識)は、ワーキングメモリが「検索・参照」をする必要があるのに対し、非宣言的記憶の手続き記憶に入っている情報(知識)は「検索・参照」をせずに、そのままワーキングメモリに送られてきます。

ワーキングメモリの容量を「検索・参照」に回す必要がなくなり、その分の容量をセーブできます。つまり、英語を手続き記憶にすることが、結果として英語を使いこなせることにつながります。

宣言的記憶(陳述記憶・顕在記憶)に入ることでできること

英語が「宣言的記憶(非陳述記憶・潜在記憶)」の「意味記憶」と「エピソード記憶」に入ることで、「テストで高得点を取る」「英文メールを書く」といったことができるようになります。

そして、ここにもワーキングメモリの働きが影響しています。

「宣言的記憶に入っている = 知識としてすでに知っている」ということです。ワーキングメモリが「検索・参照」をすれば、記憶から引っ張ってくることができる情報(知識)です。

テストで回答を考える、一人で英文メールを書く、といった行為は、十分に時間をかけてワーキングメモリに「検索・参照」をさせることができます。

日本の英語学習のほとんどは意味記憶を獲得するためのものです。多くの日本人が英語の「読み書き」を得意とする理由もここにあります。

宣言的記憶(陳述記憶・顕在記憶)にとどまっているから話せない

「三人称単数現在形には-sをつける」というのは英語学習をした人なら誰でも知っている、中学英語で学習する意味記憶の一つです。

三単現の-sは英文法では基本中の基本であるためもちろん知識としては知っています。しかし実際に話すとなると、どうでしょう。うっかり “She have beautiful eyes.” なんて言ってしまったことはないでしょうか。

例えば、
  “You have beautiful eyes.”
  “She has beautiful eyes.”
これらのフレーズを反復学習することで「意味記憶」していたら、綺麗な目をした女性を見たときに、スッと “She has beautiful eyes.” と言えるかもしれません。

しかし、「三人称単数現在形には-sをつける」という意味記憶しかないと、脳は「この場合は三人称単数現在形だから have は has になる。」と一度考えてから話すプロセスを踏みます。

考えてから話している時点でワーキングメモリの容量を「検索・参照」に相当使ってしまい、それだけで言葉が口から出てくるのがワンテンポ遅くなります。

仕事や生活する上で何度も使うようなフレーズは意味記憶として覚えてしまえば、確かに簡単かつ有効的に使えます。

例えば "Thank you for your time today.(今日はお時間を頂きありがとうございます。)" といったフレーズは一度覚えてしまえば、メールを打つ際も、実際に相手に挨拶をする際も、とても役に立ちますよね。

ですが、会話のフレーズを手当たり次第に意味記憶として覚えるのは非効率的で、認知心理学的にも理にかなっていません。

リスニングやスピーキングは、意味記憶で獲得した単語や文法を使うリーディングやライティングとは異なる記憶システムを使う、という研究結果も出ています。

会話には「手続き記憶」が必要

人間の記憶システムと手続き記憶の図解

「会話をする」というシチュエーションに焦点を当てた場合、知っている情報や知識を「手続き記憶」にする必要があります。

ワーキングメモリの働きである「保持」「検索・参照」「処理」の全てを瞬時に行うことは不可能だからです。

英語になるとリスニングをしてもすぐに忘れてしまうのは、ワーキングメモリの容量が「検索・参照」で消費され、「保持」に使う分が残っていないからです。

同様に英語でよくある、後から考えれば分かるのにその場だと咄嗟に発言できないのも、ワーキングメモリの容量が「検索・参照」で消費されてしまい、何を話すかを考える「処理」に使うことができないことが原因です。

英語を使ってスムーズに会話を行うためには「相手の言ったことを理解し」「その情報を保持し」「自分の言うことを考える」という作業を、瞬時に、同時に、行う必要があります。

そのためには、英語に関する知識や情報が手続き記憶に入っていることが必要不可欠なのです。

第二言語を習得するプロセス

第二言語の習得は「①インプット → ②気づき → ③理解 → ④内在化 → ⑤統合 → ⑥記憶の自動化」のプロセスを経ると言われています。

①インプット
②気づき
意識を向けることでただ聞こえているだけではない「気づき」が生まれる
③理解それを語彙や文法を含めて「理解」する
④内在化インプットした内容が正しいかを検証することで「内在化」する
⑤統合内在化された記憶を忘れないために長期記憶に保持する「統合」をする
⑥記憶の自動化統合までを経た英語を反復とリハーサルにより手続き記憶に落とし込む「記憶の自動化」の作業を行う

読み書きだけできればいいなら「⑥記憶の自動化」プロセスまで不要かもしれません。

しかし「英語を使いこなす」ためには、これらのプロセスを経て「⑥記憶の自動化」を行い、手続き記憶に落とし込むことが必要です。

第二言語習得のプロセス

まずは「意味記憶」の獲得

手続き記憶に落とし込む重要性について話してきましたが、上記で紹介したプロセスの通り、一気に手続き記憶を獲得できる訳ではありません。

英語を手続き記憶にまで落とし込むためには、その前段階ですでに獲得された意味記憶が必要です。

「野球でボール投げをする」という手続き記憶を獲得する際にも、まず野球のルールを学んだり、ボールとグローブを使うことを知ったりなど、投げ方を学ぶために必要不可欠な事柄を意味記憶として獲得する必要があります。

記憶の「自動化」

意味記憶に保存された「知っているけれど使えない」知識を、 手続き記憶に取り込む(転化させる)ことを「記憶の自動化」と呼びます。

この「記憶の自動化」を、どう効率的に行うかが、英語を話せるようになるかの分かれ道となります。

徹底的なアウトプット(リハーサル)と反復練習

手続き記憶はいわば「技能・スキル」のため、とにかく口から出して技能として体に染み込ませることが必須です。その際に意識すべきポイントは以下のとおりです。

・シンプルな構文での反復練習
手続き記憶にするためには「すでに意味記憶に入っている」ことが前提です。そのため知らない語彙が多く難解な構文ではなく、すでに知っている語彙で形成されたシンプルな構文を選びましょう。

・忘却曲線に沿った反復練習
人は覚えた記憶も忘れていくものです。記憶の仕組みを理解した上でエビングハウスの忘却曲線に沿った反復練習を行うことで、手続き記憶への定着率を高めましょう。

エビングハウスの忘却曲線とは、ドイツの心理学者・エビングハウスによる、人が学習した内容を忘れるまでの、時間と記憶の関係を表した忘却を表す曲線です。
詳しい説明は「エビングハウスの忘却曲線 - 第二言語習得研究の記憶システムと効果的な英語学習のやり方」の記事をご確認ください。

エビングハウスの忘却曲線
エビングハウスの忘却曲線を活かした復習

・パターンプラクティスによる反復練習
「技能として刷り込ませる反復練習」と聞くと、単純な丸暗記をイメージするかもしれません。しかし、丸暗記では手続き記憶にまで落とし込むのには莫大な時間がかかります。

自然と応用を効かせるためにパターンプラクティスを活用し、精緻化リハーサルを行いましょう。

パターンプラクティスについて詳しい解説は「パターンプラクティス - 第二言語習得研究の記憶システムと効果的な英語学習のやり方」をご確認ください。

リハーサルとは、短期記憶の忘却を防いだり、長期記憶に転送するために、記憶するべき項目を何度も繰り返すこと。短期記憶内に記憶を維持し、忘却を防ぐためのリハーサルを「維持リハーサル」と呼ぶ。電話番号をその場限りで覚えるような場合がそうである。短期記憶から長期記憶に記憶を転送し、長期記憶に取り込むためのリハーサルを「精緻化リハーサル」と呼ぶ。精緻化リハーサルでは短期記憶で一時的に保持している情報を、他の知識と結びつけたり構造を理解しながら反復する。
詳しい説明は「リハーサル - 第二言語習得研究の記憶システムと効果的な英語学習のやり方」の記事をご確認ください。

最後に

英語学習に取り組む上で、人間の記憶の仕組みを理解することがいかに重要か、分かって頂けたと思います。

記憶システムを理解すれば、多く日本人が持つ悩みである「読み書きはできても話せない」理由も分かってきます。ぜひこの記事を活かし、自身の英語学習のやり方について考えるきっかけとなれば幸いです。

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